山羊、羊、ラクダ、牛、そして馬の乳を利用する乳酒。多くの酒が農産物を原料にしているのに対して、乳酒は唯一、動物源の酒である。
動物の家畜化によって生まれた乳製品。人間と動物の乳との関わり合いは1万年前に遡るらしい。乳酒もバターやチーズと同じく、古代からの文化を伝える大切な逸品と言えよう。
乳酒に関する最古の記録はヘロドトスのものだという。それによると、乳酒はスキタイ人のもので、それは発酵した牛乳から造る酸性ビールに似た飲み物であるという。スキタイはイラン系民族で紀元前8世紀頃に轡(くつわ)を発明し、やがて馬上弓射法を会得して、史上最初の完全な騎馬民族となった。このスキタイ文化を取り入れたのが匈奴だと言われている。
乳酒は、スキタイをはじめとする西アジアから東アジアの広大な草原やステップ地域の遊牧民族に受け継がれてきた伝播の酒といえる。史的に伝えられる民族は、キンメリア、スキタイ、サルマート、匈奴、東胡、月氏、鮮卑、丁零、高車、柔然、フタル、突厥、ウイグル、モンゴルなどがある。
山羊乳酒は、ロシアやブルガリアではケフィール、モンゴルではエラーゲと呼ばれ、馬乳酒は、中央アジアではクミーズ、ケミズなど、突厥語ではコスモス、その他ではカモスと呼ばれる。モンゴルでは2300年前から乳酒が作られているという。単にアイラグといえば馬乳酒を指すが、動物の違いで呼び方が変わるようだ。馬乳酒はグーニー・アイラグ、ラクダ酒はインゲニ・アイラグ、牛乳酒はウオーニー・アイラグという。
マルコ・ポーロは『東方見聞録』で「馬乳を皮袋にいれ、その袋をながい間、棍棒をもって打ったり、攪拌したりして、中の乳を振とうすることによって造られる酸味を帯びた酒が乳酒」と述べている。チーズをつくる過程の中で生まれる液体部分を発酵させて乳酒にするようだ。
乳酒は、アルコールの低いことからも、乾燥地帯での水分補強の飲料であり、乳の保存法のひとつという考え方も見受けられる。乳酒のアルコール度は原料の乳糖含有量に左右されるが、山羊と羊<牛<ラクダ<馬となり、馬乳が最も高いようだ。