古代メキシコだから、アステカ文明の酒神ということになる。アステカ族の酒といえば「チチャ(アカ・チャチャ)」という口噛み酒。一種のビールになるが、アステカ族は多くの酒神を崇めていたという。
神々の長である「オメトクトリ」をはじめ、酔った人を事故死から守る「テクェクメカウイアニ」、酔っ払いに刑罰を与える「テートラヒュイアニ」、「クァトラパンキ」「パパスタック」という二日酔いの神様までいたようだ。
多くの酒神のもとで、アステカ族にとって酔うことは神の思し召しであった。羨ましい?ことに、酔った人は社会的にも個人的にもいかなる束縛も受けなかったらしい。
ちなみに、「チチャ(アカ・チャチャ)」は、紀元前2000年頃からメキシコからラテンアメリカ一帯で飲まれていた酒である。粉にしてこねた穀物を口内に含んで唾液を混ぜ、その発酵作用を利用して作られていた。主にトウモロコシが原料だったようだが、地域によってはキヌア(アカザ科の植物)やマニオク(キャッサバ)などのイモ類も用いられていた。どの段階で唾液を加えるのかも含めて、いろいろな「チチャ」があったという。
アステカ文明にはもうひとつ、神に捧げる神聖な酒で今でも飲まれている伝承の酒がある。以前、テキーラのコラムで登場した「プルケ」だ。
この「プルケ」にまつわる神話伝説を、酒場の話題にひとつご紹介しよう。ナワ族の神話伝説の中に出てくる「蜘蛛の災い」である。
ギリシア神話におけるプロメテウスのように、人類に火をもたらしたとされるケツァルコアトル神は平和の神でもあった。ケツァルコアトル神は、アステカ文明の習慣であった人身供犠を人々にやめさせたという。そこで、人身供犠を好むアステカ族の神テスカトリポカの恨みを買った。
テスカトリポカ神は自分の姿を蜘蛛に変えて、ケツァルコアトル神にプルケという酒を勧めた。ケツァルコアトル神はその甘美な味に酔いしれ、乱れた生活をするようになり、享楽にふけり、ついにはその地を去ることになった。そして自ら焼死し、金星となったという伝説である。
この「蜘蛛の災い」は、トルテカ王トピルツィンの身に起こった話だともいわれている。トルテカ王トピルツィンはケツァルコアトル神に仕える大神官であり、当時、大神官は仕える神の名で呼ばれるのが慣習だった。人身供犠が習慣とはいえ、歴代の王にも厳としてケツァルコアトル神を信仰する者が現れたようである。一説によるとテスカトリポカ神の神官に酒で酔わされて女の神官と交わってしまい、神官としての純潔さを失ったがために都を去ったという。
最後におまけもひとつ。世界最大の翼竜ケツァルコアトルスの名は、この神に由来するという。