今回からは、現代では手に入らない珍種ならぬ、珍酒の話である。その第一回は、ソーマ酒。はたして酒であったのかどうかさえ判らない、紀元前1200年頃にインドで登場する酒である。
インドの最古の文献である「ヴェーダ」の中でも最も古いとされる「リグ・ヴェーダ」に「ソーマ(Soama)」は登場する。長い間に書かれたもので約紀元前1200頃に成立して、アーリア人の宗教、神話、生活態度を伝えている文献だという。
もちろんそれ以前にも酒はあったと思われる。インドのインダス文明は紀元前3000年頃に始まったとされるし、発掘物からはメソポタミアや中国との交流もあったといわれている。ビールやワインを知っていたとも考えられるのだ。
さて、このソーマ酒は、神々の中でも特に重んじられたインドラの神に捧げられたと記述されている。インドラは武勇神であり英雄神である。仏教では帝釈天と呼ばれているので、こちらの名前だと親しみがあるだろう。このインドラが蛇形の悪魔ヴィリトラを退治する時に神酒ソーマを飲んで英気を養ったという。
ソーマ酒は、ソーマという植物の茎から採った液と牛乳、バター、麦粉を混ぜて造ると記載されている。当時の特別な祭りでは宴も盛大で、飲食も盛んだったらしい。ソーマは重要な供物であり、神格化されていたようだ。
酒であったのかどうか、造り方の中に発酵の様子が出てこないので判っていないが、飲む者に陶然たる快感を与えたらしい。一種の興奮飲料かもしれないが、人々は供物の残りを飲んで長寿を願った。栄養と活力を与え、心身を強くし、戦う人々に勇気を授け、子孫を繁栄させて病気を癒し、寿命を延ばす効果があったという。特に、詩人は霊感を得て、詩想を豊かにできる効用が強調されていたようだ。
そんな酒ならぜひ復活させてみたいと考える方がいるかもしれないが、残念ながら出来ない。ソーマは山地に自生した灌木の一種らしいが、判っていない。今や、植物学的にも明らかにすることは不可能なのだ。